本日、1月10日は、『アイドルマスターシンデレラガールズ』に登場するアイドルの一人である瀬名詩織さんの誕生日です。

瀬名さんといえば、趣味が「海沿いを散歩」することな令嬢アイドル。そして、「海沿い」といって多くの方が連想するのが、「トレーニングで海沿いを走る昭和のプロレスラー」の勇姿でしょう!

何故か、昭和のレスラーは、浜辺をランニングする! 新日も全日も国際も、やたらと砂浜を駆け巡る!
物凄くナチュラルに瀬名さんから、昭和のプロレスラー(国際時代のラッシャー木村さんやストロング小林さんなど)へとイメージが繋がるわけですから、やはり、詩織Pとしては、その誕生日に「過去のプロレス界で何が起きていたのか?」を知ることは、彼女をプロデュースする上で必須の事項であると言っても構わんよ―(『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』における上田さんの名文句を引用しながら)。
というわけで、それを私がお教えしましょう!
この日は、「ザ・グレート・カブキさんが米国のダラスで衝撃のデビュー。対戦相手のザ・スポイラーを瞬殺した日(1981年)」です!
”怪奇派”日本人レスラーの元祖、ザ・グレート・カブキ!
日本プロレスに在籍していた高千穂明久(本名は「米良明久」)さんが、日プロの崩壊後、全日本プロレスへの移籍を経て、その在籍中に渡米。
当時、フリッツ・フォン・エリックのテリトリーであったテキサス州のダラスへと行き着き、現地で、顔面にペイントを施したオリエンタルな怪奇派レスラー、ザ・グレート・カブキへと”変身”!
不気味なビジュアルと、登場時にヌンチャクを振り回すパフォーマンス、そして、相手の顔面を赤や緑に染める必殺の「毒霧」を武器に、全米マットで大ブレイクを果たします。
後に続く、武藤敬司選手の”化身”であり、カブキさんの”息子”でもあるザ・グレート・ムタや、WWEで活躍したTAJIRI選手といった「日本人怪奇レスラー」のアーキタイプとして、日米のプロレス史に多大な功績を残しました。
カブキがデビュー戦で闘った謎のマスクマン、ザ・スポイラー
そのカブキさんがダラスのマットに初登場したのが、81年の今日この日なのです。この時に対戦相手を務めたのが、”ザ・スポイラー”なる覆面レスラー。実際に写真や映像で見たことこそないものの、何故か、プロレス者ならば、その名を知っているザ・スポイラー。

恐らくは、『プロレススーパースター列伝』でカブキさんを主役に据えた「東洋の神秘!カブキ」編の影響故だと思います。

この劇画の中で、スポイラーは、登場するや否や、カブキさんの毒霧からの空手チョップという連携攻撃を受けてアッサリ昏倒してしまい、「わずか60秒たらず」で惨敗。カブキさんの鮮烈さと強さを強烈に読者に印象付ける役目を果たしています。
カブキさんの自伝では、名前が出てこないザ・スポイラー

劇画化されているくらいですから、さぞや、カブキさんにとっても思い出深い試合だったのかと思いきや、実は、このスポイラーとのデビュー戦、カブキさんの著書である『”東洋の神秘”ザ・グレート・カブキ自伝』では、一言も言及されていません。
デビュー前後の記述としては、フリッツ・フォン・エリックが如何に優れたプロモーターであったかや、衣装や小道具を手製で賄っていたとか、或いは、シャワー室で毒霧を開発した際の秘話など、カブキ誕生の背景についてが中心で、デビュー戦の詳細は無し。
どちらかというと、試合の内容よりもその前後の出来事の方がカブキさんにとっては、余程、記憶に残っていたのでしょう。
実は、実力派の”仕事人”だった謎のマスクマン
ちなみに、このザ・スポイラーの正体は、米国のプロレスラーであるドン・ジャーディンだと言われています。
ジャーディンは、この他にも「スーパー・デストロイヤー」という覆面レスラーとしてのペルソナも持ち合わせており、70年代には、そちらの名義でも全日本プロレスに来日。
当時、テレビのバラエティ番組への出演で人気者となっていったザ・デストロイヤーを主役に据えた企画「覆面十番勝負(デストロイヤーが様々なマスクマンと対決する企画。ディック・マードックが扮した”ザ・トルネード”など、本企画の為の急造マスクマンも多かったと言われています)」で、本家、デストロイヤーとも対戦しているとのこと。
自分も『週プロ』のデストロイヤーのメモリアル企画等で、このスーパー・デストロイヤーの存在を知ってはいたのですが、その”中の人”が、まさか別名義でカブキさんのデビュー戦に登場していたとは知りませんでした……。
『プロレススーパースター列伝』で、そのヤラレっぷりが妙に印象に残っていたザ・スポイラー。どんな些細なことでも、調べてみると意外と奥が深いというプロレスの極意を、また改めて知った次第です。
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